半導体は現代文明のインフラだ。スマートフォン、自動車、データセンター、AI——あらゆるテクノロジーが半導体の上に成り立っている。そして今、半導体を巡る地政学的な競争が激化している。米中の規制合戦、日本のラピダス計画、TSMCの動向。本記事では、半導体規制が日本のテック産業に与えるインパクトを多角的に分析する。
米中半導体戦争の現状
2022年10月、米国商務省は中国に対する半導体輸出規制を大幅に強化した。この規制は、先端半導体チップ、製造装置、そして技術者の中国への流出を包括的に制限するものだ。2024年には規制がさらに厳格化され、2025年にも追加規制が発表された。
規制の主な内容
- 先端チップの輸出禁止: NVIDIA A100/H100クラスのAI用GPU、および同等性能のチップの中国への輸出が禁止。NVIDIAは中国向けにスペックダウンしたH800を開発したが、これも後に規制対象になった
- 製造装置の規制: EUV(極端紫外線)リソグラフィ装置の対中輸出は、オランダのASMLに対する圧力で事実上ブロック。DUV装置の一部も規制対象に拡大
- 人材規制: 米国籍・永住権保持者が中国の半導体企業で働くことを制限。人材の流出を防ぐ異例の措置
- 第三国経由の規制回避防止: 日本、韓国、オランダなどの同盟国にも同様の規制を要請。「友岸化(friend-shoring)」戦略の一環
中国の対抗策 — 内製化の加速
中国は規制に対して、半導体の内製化を急速に進めている。
- SMIC: 中国最大の半導体ファウンドリ。2023年にHuaweiのMate 60 ProにSMIC製の7nmプロセスチップ(Kirin 9000s)が搭載されたことが判明し、業界に衝撃を与えた。ただし、EUV装置なしでの7nm量産は歩留まりが低く、コスト面で競争力に疑問が残る
- CXMT/YMTC: メモリ分野ではCXMT(DRAM)とYMTC(NAND)が急成長。特にYMTCの232層NANDは技術的に先進国に追いついている
- 政府支援: 中国政府は半導体産業に兆単位の投資を継続。「大基金」(国家集成電路産業投資基金)の第3期ファンドは3,400億元(約7兆円)規模
日本の立ち位置 — 製造装置と素材の強み
日本は半導体の完成品(ロジック半導体)では競争力を失ったが、製造装置と素材では依然として世界的な強みを持っている。
日本が強い分野
- 製造装置: 東京エレクトロン(エッチング、成膜)、SCREEN(洗浄)、ディスコ(ダイシング)、KOKUSAI ELECTRIC(成膜)など、半導体製造工程の多くで日本企業が重要なポジションを占める
- 素材: フォトレジスト(JSR、東京応化工業、信越化学)、シリコンウエハー(信越化学、SUMCO)、CMP材料(フジミインコーポレーテッド)など、素材分野では日本が世界シェアの過半を握る
- 後工程: 先端パッケージング技術では、新光電気工業、イビデンなどが重要なサプライヤー
日本の規制対応
2023年7月、日本は半導体製造装置の輸出管理を強化した。23品目の装置を対象に、事実上の対中輸出規制を実施。これは米国の要請に応じた措置だが、日本の装置メーカーにとっては中国という巨大市場を失うリスクを伴う。
東京エレクトロンは売上の約25%が中国市場だった。規制強化による収益への影響は無視できず、代替市場の開拓が急務になっている。
ラピダス — 日本の半導体復活プロジェクト
2022年に設立されたRapidus(ラピダス)は、日本が先端ロジック半導体の製造能力を取り戻すための国策プロジェクトだ。IBMとの技術提携により、2nmプロセスの量産を2027年に目指している。
ラピダスの挑戦
- 技術的ハードル: 日本が最後に競争力を持っていたのは40nmプロセスの時代。2nmへの跳躍は、技術的に極めて困難。GAA(Gate-All-Around)トランジスタ技術の実用化が鍵
- 資金調達: 政府からの支援は累計で約9,200億円が決定。しかし、先端半導体工場の建設には2〜5兆円が必要とされ、追加の資金調達が不可欠
- 人材確保: 先端半導体のプロセス開発経験を持つエンジニアが日本には極めて少ない。海外からの人材招聘と、若手の育成が同時に必要
- 顧客確保: 工場を建てても、安定した顧客がいなければ採算が取れない。自動車向けやAI向けなど、ターゲット市場の見極めが重要
北海道千歳の新工場
ラピダスの新工場は北海道千歳市に建設中だ。豊富な水資源、冷涼な気候(冷却コストの削減)、新千歳空港の近接性が選定理由とされる。2025年4月にパイロットラインの稼働を開始し、2027年の量産開始を目指している。
TSMC — 日本誘致の戦略的意味
台湾のTSMCは、世界の先端半導体製造の90%以上を担うファウンドリの巨人だ。そのTSMCが日本に工場を建設している事実は、地政学的に大きな意味を持つ。
TSMC熊本工場(JASM)
- 第1工場: 2024年に稼働開始。12nm/16nm/22nm/28nmプロセスを製造。主に自動車向けとイメージセンサー向け。ソニー、デンソーが出資
- 第2工場: 6nm/7nmプロセスを計画。2027年稼働予定。AI需要の取り込みも視野
- 政府支援: 第1工場に最大4,760億円、第2工場に最大7,300億円の補助金を決定
TSMC熊本工場は、台湾海峡有事のリスクヘッジという安全保障上の意味合いも大きい。台湾に集中する半導体製造能力を分散させることで、供給途絶リスクを軽減する狙いがある。
日本のテック産業への影響
半導体規制と産業政策の変化は、日本のテック産業全体に波及する。
ソフトウェア開発者への影響
- AI開発: 先端GPU(NVIDIA H100/B200)の供給が地政学的に不安定化する中、日本国内でのAI計算基盤の整備が急務。経産省は国内データセンターへのGPU調達を支援している
- エッジコンピューティング: クラウドへの依存リスクを軽減するため、エッジ側での処理の重要性が増す。組み込み開発エンジニアの需要が高まる
- 半導体関連ソフトウェア: EDA(電子設計自動化)ツール、ファームウェア開発、テスト自動化など、半導体に関連するソフトウェア分野で人材需要が拡大
スタートアップへの影響
半導体の国内回帰は、関連スタートアップにとって追い風だ。設計特化のファブレス企業、EDAツールのスタートアップ、半導体テスト自動化など、エコシステムの構築が進みつつある。政府のDeepTech支援策も拡充されており、半導体関連のスタートアップ投資は2025年に前年比2.5倍に増加した。
まとめ — 技術者として知っておくべきこと
半導体規制は、一見するとハードウェアの世界の話に思える。しかし、ソフトウェアエンジニアにとっても無関係ではない。使えるGPUの種類と価格、データセンターの立地、サプライチェーンの安定性——これらは全て、ソフトウェア開発の前提条件に影響する。
地政学を理解することは、技術トレンドを先読みする力につながる。次にどの技術が重要になるか、どの市場が成長するか。その予測の精度を高めるためにも、半導体を巡る国際情勢にはアンテナを張っておくべきだ。
「ソフトウェアはハードウェアの上に成り立ち、ハードウェアは地政学の上に成り立つ。技術者は、自分の立つ地盤の変化にも敏感でなければならない。」










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